=9月=

お施主様の声

あの『健康な家に住みたいな!』の著者外丸氏より
一年間の連載でお送りします!

今年の夏は温暖化時代の前哨戦?

−日本で一番暑い街での暮らし−

  3年前に出版した本の中で、私は『関東平野の北部こそが 日本で一番暑い場所』と紹介しました。その後、熊谷市や館林市が有名になりましたが、私が《暑い》とした根拠は猛暑日という 呼び方こそなかったものの、熊谷気象台のデータを調べてみると、最高気温が35℃を超える日数が突出していたのです。
 ただし、熊谷気象台の最高気温は1997年7月5日に記録した39.9℃で歴代13位の記録に甘んじていました。 「日本一暑い」というにはちょっと物足りない。1933年に山形気象台で観測された歴代1位の40.8℃とは 1℃近い開きがあったのです。
                                  
 山形が歴代1位―? ちょっと不思議に感じるかもしれませんが、日本海を北東に進んでいた台風に向かって南西の風が吹き込み、 これが山形・福島両県の境にある2000m級の山々を越えて山形盆地に吹き降ろしたのです。典型的なフェーン現象でした。 これは非常に特殊な気象条件が重なった結果であり、そうそう破られないと考えられていたようです。 40.8℃を記録した日を 記念日としていたほどなのですから。知っていましたか?7月25日は「最高気温記念日」です。
          
 その最高気温が、なんと更新されました。皆さんもよく覚えているでしょうが、8月16日、岐阜県の多治見市と並んで 熊谷市が40.9℃を記録したのです。同日、館林市の40.3℃を記録しており、これで関東平野北部の暑さがますます 実証されたことになります。(16日現在の記録です)
 それでは、この一帯がどうしてこうも暑くなったのでしょうか?地球温暖化という問題が根底にあるのは確実ですが、 これに拍車をかけているのが東京のヒートアイランド現象です。アスファルトジャングルの東京は夜になっても冷えないため、 皆さん冷房をしながら就寝します。その結果、室外機かた吹き出される熱風により、一層気温が下がらないという悪循環を繰り返すのです。
 東京を包み込んだ熱気の塊は、日中の南風に乗って関東平野北部に押し込められます。これが、うだるような暑さの犯人です。 つまり、私たちは東京の出した《排熱》に苦しめられているわけで、一種の公害とさえいえるでしょう。
                   
 最高気温を記録した日だけで、熱中症によって全国で10人を超える方々が亡くなっています。それも、 屋外ではなく屋内で命を落としました!申し訳ないことに、そんな気違いじみた日にも、私の家はいつもと変わらずに快適でした。 夜はエアコンを止めて寝るのがわが家流ですが、この日もそうしてぐっすり熟睡しました。家が《保冷》されているので、 窓は閉めたまま寝ています・・・
  
 ところで最高気温を記録した日の夜、私は別のニュースに心を痛めていました。 新潟県の柏崎市では、 海水浴客が激減したと いうのです。柏崎刈羽原発からの軽微な放射能漏れが不安を駆り立てたために、群馬県の臨海学校も軒並み中止されました。
 元はといえば、この世界最大の原発は首都圏の電力需要を賄うためのものです。新潟県には一切供給していません。 放射能汚染を一番心配するのは地元の方々であろうに、その人たちが風評被害に苦しめられるのはあまりにも不憫です。
 そこで思ったのですが、いっそうのこと東京に原発を建てたらどうでしょう? だって一番電力を消費するのは東京なんだから―。 でも、そんなことを言ったら大ブーイングでしょうね。それなら、せめて電力消費抑制のために相応の覚悟を示すべきでしょう。
    
 東京のあらゆる建物には、日本で最も厳しい断熱性能と気密性能を自ら義務付ける―、それくらいしても罰は当らないと 思いませんか?
  
                               外丸 裕 
 
                     
 

  

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